私の愛したSF(9) 「祈りの海」

ここでは”愛したSF”を銘打って作品紹介をしているけれど、もちろんときどきはあんまり面白くないものにもぶち当たる。それでもせっかく読んだのだし、感じたことを書くのはきっと意味があるだろう。少なくとも100冊ぶんくらいのデータベースにして、誰かの読書のちょっとした手がかりになればという気持ちでやっているので。

さて、そんな微妙な前口上と共に今回紹介するのはグレッグ・イーガンの短編集「祈りの海」である。このSF書評を始めたきっかけは偶然手にしたテッド・チャンの「あなたの人生の物語」がとにかくすごく面白かったからなのだが、そのあとチャンについて少し調べたら、テッド・チャンと共にグレッグ・イーガンが現代SFの代表的作家として賞されていることを知った。

一応言い訳をしておくと、僕はSF書評なんか書いてはいるけれどSFマガジンは読んだことすら無いし、ハヤカワの青背はとりあえずチェック!というタイプのSF読みでは決してない。(だからもしコアなファンがやってきてオマエにSFの何がわかる!と罵られたらゴメンナサイと謝るしかない)そしてSFに限らず、新刊を手に取るよりは発表から時間が経ってある程度評価がしっかりしている本を選ぶことのほうがずっと多いので、(要するに古いSFばかり読んでいたわけ)チャンのこともイーガンのことも全然知らなかったのだ。

ともかくそんなわけでチャンとセットで語られるくらいなのだからイーガンも絶対に面白いに違いない!という期待と共に、例によってBOOK OFF で見つけた「祈りの海」を読んだのだが…正直にいって、僕の中ではイーガンの短編はテッド・チャンに比べると数段落ちると言わざるを得ないという結論に達してしまった。

とはいっても期待していた分裏切られた感が強かったのであって、冷静になって読み返してみればこの作品集決して悪い出来ではない。一番の問題は(特にバイオ系の)ギミックの荒さで、僕は普段はそれほど仕掛けにうるさいほうでは無いと自分では思っているのだけれど、短編で、しかもアイデア自体の面白さで勝負するスタイルの作品でギミックに乗れないのはさすがに致命的だった。

たとえば「ぼくになることを」。簡単に言えば他の人工臓器と同じように脳にもスペアを用意したら、というアイデアなのだが、自前の脳とスペアの脳がたとえ同じように機能しても別人格なのは当たり前で、イーガンがこのネタをどこに着地させようとしたのか何回読んでも良くわからない。人格の人口構築という意味では「誘拐」も同じネタだが、こちらはスマートだ。要するにコンピュータ上に再構築した人格は他者にとってはその人物そのものになりうるが、本人にとっては同一ではありえないということなのだが、イーガン本人がどの程度の認識で書いているのか、なんだかちゃんと解っているのか少し不安になる。

「貸金庫」はSFというよりはユーレイ小説だ。コナン・ドイルが書いたのなら傑作だったかもしれないが、書かれたのは1990年である。ちょっと荒唐無稽すぎやしないか?という印象。「ミトコンドリア・イヴ」もおかしい。この認識ではスティーブン・J・グールド先生あたりが怒りだしそうだ。

ケチをつけるのはここまでにして良かった作品を挙げると、まずヒューゴー賞、ローカス賞を受賞した表題作「祈りの海」はさすがに読み応えがあった。医療SF「イェユーカ」も良い。この2つはアイデアがどうこうというのではなく、ちゃんと小説として成立していて面白いと思う。「繭」は僕がこれまであまり出会ったことの無いアイデア。それから「百光年ダイアリー」の最初から開き直ってごり押しにごり押しを重ねた感じは結構好きだった。

まとめ。決して悪くは無いのだけれど、ひいきになるほどの魅力は残念ながら感じられなかった。アイデアの切れ味と、そこから構築した世界の魅力、どちらも極めて高度なレヴェルにあるテッド・チャンの作品群と比べると、イーガンは明らかに荒く感じる。ま、短編集を1冊読んだだけでイーガンの評価としてしまうのはフェアじゃ無いだろうから、機会があれば他の作品も試してみます。

「祈りの海」 グレッグ・イーガン(豪) 2000(日本版オリジナル短編集)
ヒューゴー賞、星雲賞

支持者は多い ★★☆

祈りの海
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グレッグ イーガン Greg Egan 山岸 真
早川書房
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by k_g_zamuza | 2005-10-22 19:43 | SF的生活


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