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私の愛したSF(10) 「タイタンの妖女」

ようやく2桁到達、3桁目指して頑張ります。今回は特に思い入れの強い、カート・ヴォネガット・ジュニア「タイタンの妖女」を。

”時間等曲率漏斗の真っ只中に自家用宇宙船で飛び込んだウインストン・ナイルス・ラムファード(と彼の愛犬カザック)。その結果太陽内部からペテルギウス星にいたる時間的空間的らせん上の波動現象として存在するようになった彼は、その能力をもって人類の救済に乗り出す。そのために人生を操られた大富豪マラカイ・コンスタントこそ哀れであった。富を失い、記憶を奪われ、火星へ、水星へと宇宙を放浪するコンスタント。最後の目的地タイタンで明かされるコンスタントの、ラムファードの、そして人類の行為の意味とはいったい何だったのか?”

カート・ヴォネガット(初期作品ではカート・ヴォネガット・ジュニアの表記となるが親子ではなく同一人物なので、ここでは短いほうで統一する)は日本で最も人気のある現代アメリカ作家のひとりだという。ためしにGoogle 検索をかけてみると”カート・ヴォネガット”(1922-)で約52800件、”トルーマン・カポーティ”(1924-1984)だと約41800件、おお、さすがにカポーティを上回るとは思わなかった。すごいすごい。

そのわりには僕のまわりでヴォネガット好きです!なんて言っている人はついぞみたことがない。(というかそもそも本好きが数えるほどしかいないんだけど…とほほ)これはやっぱり彼の作品のほとんどがハヤカワSF文庫に収められているせいなのかもしれないなぁと思う。みんなミステリは読んでもSFなんか読まないんでしょ?(ハイ、ひがみです)

ヴォネガット本人も評価されるまでは”SF作家”という肩書きにずいぶん悩まされたらしいけれど、彼の小説テーマはどちらかというと主流文学のそれである。もっとも彼がSF的展開を多用するのも事実で、幾つかの作中ではキルゴア・トラウトなるSF作家を登場させてSF論を語らせたりもしており、ヴォネガットがSFというジャンルに深い愛着を持っているのも確かなのだが。

そんな彼の作品には「ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを」「母なる夜」のようにこれってSFなの?と思うようなものも多いのだけれど、(それでもハヤカワの青背なんだけど)1959年に発表されたこの「タイタンの妖女」はその中で最も正統派のSF作品である。ブライアン・オールディスはこの作品をSFのジャンルの1つ、ワイドスクリーン・バロック(この名称はオールディス自身が考案したんだけどね)に位置づけているが、これはなかなか的確な分類だと思う。

オールディス自身の定義を知りたい人はググってくれればすぐに見つかるのでそちらを参照してもらうことにして、僕が認識するワイドスクリーン・バロックというのは、ぶっとんだアイデアを詰め込むだけ詰め込んでおいて、大抵のSF作家が気にするような細部の調整(SFの”S”の部分)には目もくれず、(ヴォネガットの場合は一言”そういうものだ”で済む)時間空間飛び越えて、勢い任せで突き進め!という超越的ミラクルバカSFのことなのだが、うん、たしかに「タイタンの妖女」はWSBと呼ぶに相応しい。

(誤解を招くといけないのだが、オールディスも僕もワイドスクリーン・バロックこそ最も愛すべきSF、SFの中のSFだと考えてます。ワイドスクリーン・バロック最高!)

ただ、いくらワイドスクリーン・バロックの流れにあるとは言っても「タイタンの妖女」はあくまで純ヴォネガット的なヴォネガット作品である。というかヴォネガットの方向性はこの作品で決定されたと言ってよい。人間存在への深い絶望と愛を彼一流のユーモアでつつんで綴る、ときに破天荒でときにシビアな、そして常に笑いに満ちた物語。「これまでに書かれたSFの最高傑作」という評価に嘘は無いことを保障します。

ところでこの作品、爆笑問題の大田光が泣ける一冊としてTVで大絶賛していたらしい。それから「いま、会いにゆきます」(これって映画?小説?)にも登場したらしい。そうやって聞くとなんだかミーハーな印象を受けるかもしれないが、一度取り付かれてしまったら自分はこれが好きだと宣言せずには居られない、そんな魅力を持った作品、そして作家なのだろう。もちろん僕にとっても特別な作家なので、彼の作品はこれからもどんどん紹介していくつもりです。これを読んでいるあなたも、ようこそヴォネガットの世界へ。

「タイタンの妖女」 カート・ヴォネガット(米) 1959
星雲賞

ヴォネガット伝説の始まり ★★★★★

タイタンの妖女
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by k_g_zamuza | 2005-10-24 14:35 | SF的生活


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