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私の愛したSF(25) 「海からきたチフス」

しばらく前にMoth さんという方からコメントを戴いて、「少年少女21世紀のSF」というジュブナイルSFシリーズの話になったのだけれど、その中の1つ「ゼロの怪物ヌル」の著者は畑正憲、あのムツゴロウ氏が書いたSFなのである。

「少年少女21世紀のSF]は残念ながら絶版で、Moth さんの勧めで僕も復刊ドットコムに投票してきたけれど、(今見たら94票、もう少しだ!)実は「ゼロの怪物ヌル」は「海からきたチフス」と改題、文庫化されて、現在も入手可能なのでした。ちなみに僕が所有しているのは角川文庫版だけれど、現在書店で買えるのは新風舎文庫のもののようだ。

畑正憲の著作群、僕は昔から好きで、とりわけ「少年記」「青春記」「結婚記」「放浪記」の自伝4部作は最高に良くて、生物が大好きなのに文学も諦められず、気持ちだけが空回りして結局大学院を中退、ずぶずぶと自堕落な生活にはまり込んでゆくくだりなどはとても他人事とは思えないのだけれど(苦笑)、それはさておき「海からきたチフス」である。

”夏休み恒例の家族旅行で大島を訪れた中学3年生の主人公、木谷ケン。大好きな大島の海は、しかしいつもとはどこか違っていた。貝類をはじめとした沿岸の生物達が姿を消し、代わりに突如出現したのはさえない白いかたまり、謎の生命体ヌル。そろいもそろって生物好きの小谷一家がこの謎に取り掛かろうとしたとき、突然島を奇病が襲う!そしてさらにとんでもない事件が…”

いきなりだが、生物系のSFというのは、実は成立させるのがかなり難しいジャンルなのではないかと僕はよく思う。生物ならではのセンス・オブ・ワンダーを上手く伝えられずに、結局良く出来たホラーやサスペンスとしてまとまってしまう作品が少なくないような気がするのだ。(それが何故なのかは良くわからないけれど)

そういう意味で言うと、「海からきたチフス」はムツゴロウ氏初の小説ということもあり、はっきり言って技術的にはかなり未熟な仕上がりだ。無駄が多く、読んでいてギクシャクするところも少なくない。ただし、これでもかとばかりにぶちまけられたセンス・オブ・ワンダーは、間違いなく本物、一級品である。初めて読んだとき(もちろん「ゼロの怪物ヌル」として)当時小学生だった僕はあまりのカンドーとコーフンを誰かに話さずには居られず、しばらくの間は誰彼構わず捕まえては”無細胞生物が…”とか”ATPが…”とか自分でもよくわからないことをベラベラとしゃべりたおしていた記憶がある。(我ながら迷惑な子供だ)

そして今、こうやって自分が生物屋のはしくれになってから再読しても、この本の輝きは一向に失われてはいない。もちろん現在の目から見ればヌルという生物のアイデアはかなり乱暴なものではあるけれど、アイデアが現実的かどうかは良質のSFにとっての必要条件では全く無いし、本文中で述べられたヌルとウイルスとのアナロジーだけではなく、今流行のプリオン病のようなもののことを考えてみると、やはり専門家、核となる発想は非常に鋭かったと言うべきかもしれない。

ともかく、こればかりは読んでもらわないと伝わらない。ムツゴロウ氏をときどきTVに出ては動物を舐め回す変なじいさんだと思っている貴方、暇があれば彼の本をぜひ手に取ってみて欲しい。彼の生物への熱い思いがビンビンと伝わってくるはずだ。ちなみに解説で福島正実氏がその熱さを「執着」という言葉で表現しているけれど、ムツゴロウ氏の興味対象への入れ込みっぷりは(オオーヨシヨシ、オオーカワイイカワイイ!)たしかにいささか常人のレヴェルから逸脱しているような気がする。要するにある種の天才なのだろうというのが、彼に対する僕の正直な評価です。

最後に蛇足を2つ。さっきウィキペディアの架空の生物カテゴリにヌルの項目があることに気がついたのだけれど、これって実はかなりスゴイことではあるまいか。ヌルってそんなにメジャーでしたっけ?

それからATPによる治療について。作中でかなり重要なポイントとなる「ATP無効説」、実は僕はそんな話を聞いた事が無いのだけれど、少なくとも現在はATP製剤も注射剤も存在します。ムツゴロウ氏は生理学出身だから、全くのデタラメを書いたわけでは無いと思うのですが、どうなのでしょう。

「海からきたチフス」 畑正憲(日) 1969
動物王国のSF ★★★★

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by k_g_zamuza | 2006-05-19 19:01 | SF的生活


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