さようならヴォネガット!私の愛したSF(29) 「スローターハウス5」

4月11日に、アメリカの小説家、SF作家であるカート・ヴォネガット氏が亡くなった。ファンにとってはもちろん哀しいニュースだが、ただ、転んで打ち所が悪くて死ぬなんていうのはいかにもヴォネガット的だとも思う。「だから言ったろう?そういうものだ」なんて、今頃天国で笑っているかもしれない。

SF的生活では、ヴォネガット作品は私の愛したSF(10)で取り上げている。そこで彼のほかの作品もこれからどんどん紹介すると書いたはずなのに、続きを書かないうちに本人が逝ってしまった。3ケタを目指して始めたはずのこのカテゴリも、2年も経ってようやく”愛したSF”が28冊、”SF国境線”が10冊という体たらく。こんなことでは申し訳がたたないのだが、ささやかながら、哀悼の意を込めて、僕のもっとも好きな「スローターハウス5」を取り上げたいと思う。



スローターハウス5
または
子供十字軍
死との義務的ダンス

カート・ヴォネガット・ジュニア

ドイツ系アメリカ人四世であり
いまケープ・コッドにおいて
(タバコの吸いすぎを気にしつつも)
安逸な生活をいとなむこの者
遠いむかし
武装を解かれたアメリカ軍歩兵隊斥候
すなわち捕虜として
ドイツ国はドレスデン市
「エルベ河畔のフローレンス」の
焼夷弾爆撃を体験し
生きながらえて、この物語をかたる。
これは
空飛ぶ円盤の故郷
トラルファマドール星に伝わる
電報文的分裂症的
物語形式を模して語られた
小説である。
ピース。


これは「スローターハウス5」の見開きの1ページである。このエントリを書くために久しぶりに読み返そうと思って本を開いた僕は、このページを読んで思わず泣きそうになってしまった。率直に言って、ここに付け加えるべき言葉は何も無いような気がする。そもそも、彼は自分の死に際し、この作品を代表作として取り上げられることを喜ぶだろうか。それが不安になった。

「スローターハウス5」は、第二次大戦中、実際に行われたドレスデン爆撃を題材にし、それを身をもって体験した作者によって書かれた反戦小説である。高名な物理学者フリーマン・ダイソン(SFファンにはなじみ深い、ダイソン球の提唱者)は、第二次大戦時、イギリスの爆撃空軍司令部のオペレーショナル・リサーチという形でこのドレスデン爆撃にかかわっている。彼は長い間ドレスデンについて1冊の本を書こうとしていたが、ヴォネガットの「スローターハウス5」を読んで、自分が書く必要が無くなったことを知ったという。「彼の本は、すぐれた文学であるばかりでなく真実の記録でもある」とダイソンは書いている。

ところで、「スローターハウス5」の主人公ビリー・ピルグリムは”けいれん的時間旅行者”である。彼は何の脈絡もなく、時空をあちこちと飛び回る。作中では鉛管工事の吸い上げカップに似た緑色の宇宙人が重要な役割を占め、物語のいちばん最後の言葉は「プーティーウィッ?」である。そんな小説が「真実の記録による反戦小説」であることなどありえるだろうか?

読めばわかるけれど、答えはYESである。というか、ヴォネガットにはたぶんこの方法しか無かったのだ。

ヴォネガットは戦争になど行きたくなかっただろう。捕虜になって味方の爆撃を受けたりしたくはなかっただろう。書かずに済むものならば、「スローターハウス5」を書きたくはなかったかもしれない。しかし彼は書かざるを得なかった。彼は物を書く人であり、自らに穿たれた体験を書くことは彼の使命だった。彼はその作業に二十数年の歳月を費やし、ありったけのユーモアと、ジョークと、悪ふざけを注ぎ込み、キルゴア・トラウト、エリオット・ローズウォーター、ハワード・W・キャンベル・ジュニア、トラルファマドール星人、ラムファード一族、その他いろいろの力を借りて、どうにかこれを書き上げた。後に自作の採点をしたときに、彼はこの作品に「猫のゆりかご」と並んで最高点をつけているけれど、それでもヴォネガットはこの作品を「失敗作」と呼び、次は楽しい小説を書こうと思い、事実そのようにした。

ひょっとしたら、彼の戦争に関する全ての体験と、その結果として生まれたこの作品は、彼の”自由意志”とは全く無関係なところで生まれたものだとヴォネガットは感じていたのかもしれない。そんな風に思うのは、僕の勝手な妄想だろうか。

現代アメリカ文学の代表的作家、カート・ヴォネガットは「タイタンの妖女」を書いた。「猫のゆりかご」を書き、「ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを」を書き、「ジェイルバード」を書き、「ガラパゴスの箱舟」を書いた。どれもが素晴らしい作品だ。そしてどれもが楽しく、愉快な作品だ。彼はきっと鼻が高いだろう。だとすれば、僕も「スローターハウス5」について言わずもがなの文章をぐだぐだと書かずに、もっと楽しい作品について語るべきかもしれなかった。でもしかたがない、僕はこうして書いてしまったし、ビリー・ピルグリムに言わせれば、人間はみんな自分のすることをしなければならないのだから。

さようなら、ヴォネガット。さようなら、こんにちは。そして、ありがとう。

「スローターハウス5」 カート・ヴォネガット(米) 1969 
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by k_g_zamuza | 2007-04-26 22:10 | SF的生活


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