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私の愛したSF(11) 「渚にて」

感動するSFをひとつ挙げろと言われれば、僕はこれです。ネビル・シュート「渚にて」。見開きの作品紹介を、あまり良い文章ではないけれどあえてそのまま引用してみる。

”第三次世界大戦が勃発した。ソ連と北大西洋条約諸国の交戦はひきつづいてソ中戦争へと発展し、4千7百個以上の水爆とコバルト爆弾が炸裂した。戦争は短期間に終結した。しかし濃密な放射能が北半球をおおい、それに汚染された諸国は、つぎつぎに死滅していった。その頃、かろうじて生き残ったアメリカの原子力潜水艦スコーピオン号は、放射能帯を避けてメルボルンに非難してきた。オーストラリアはまだ無事だった。しかしおそるべき放射能は刻々と南下し、人類最後の日が迫っていた。フィクションの域を越えて読者に迫真の感動をあたえる名編!”

一読してすぐわかるように、書かれたのは冷戦真っ只中の1957年。世界が核の恐怖に脅えていた時代、ということになるのだろう。僕はびっくりしたのだけれど、ネビル・シュートはこの作中の時間を196X年に設定している。つまり10年後には世界が終わる、と書いたのだ。現代に生きる僕にはちょっと想像もつかないのだが、世界がそんな危機感に満ちていた時代が確かにあったことが、僕にはどんな歴史の教科書を読むよりリアルに感じられた。

さて、じゃあ今となってはこの作品は完全にアウト・オブ・デイトなのか、と思う人もいるかもしれないが、それは全くの間違いだ。ネビル・シュートは時代を超えて読者に迫る人間存在のあり方をこの作中に見事に示した。絶対に免れられない死を目前にしながら、人々はより良く生きることを望み、そして静かに滅びを迎える。読めば絶対に、誰でも、心を動かされるはずです。必読。

作者のネビル・シュートについて、この人は地元イギリスでは相当な人気作家、らしい。ところが日本での認知度はいまいちで、現在Amazon で買える彼の翻訳作品は「渚にて」「パイド・パイパー」「アリスのような町」のたった3冊である。その中でも「渚にて」だけが特に有名で、かくいう僕も実は未だに「渚にて」しか読んでいなかったりする。(このあいだやっと「パイド・パイパー」を入手したのだけれど読む前に父親に持っていかれてしまった…”すごく面白かった”とのこと)「渚にて」一作で十分過ぎる位だ、とはみんなが思うことかもしれないが、SF専門ではなくもっと懐の深い作家らしいので、それだけで満足してしまうのはどうやら勿体無いようです。

それから「渚にて」はグレゴリー・ペック主演で映画にもなっており、こちらも名作らしい。僕は例によって未見ですが(あんまり映画好きじゃないもので…)小説より映画の方がとっつきやすいと感じる人は、映画から試すのも良いかもしれません。

「渚にて」 ネビル・シュート(英) 1957
かくて世の終わり来たりぬ ★★★★★

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ところで、さっきこんなニュースをYahoo!で見つけた。

原爆慰霊碑破壊の男に実刑
”広島・平和記念公園の原爆慰霊碑の碑文を傷つけ、器物損壊の罪に問われた政治結社「誠臣塾」構成員嶋津丈夫被告(27)に対し、広島地裁は26日、懲役2年8月(求刑懲役3年)の判決を言い渡した。(中略)判決などによると、嶋津被告は7月26日午後10時55分ごろ、平和記念公園で、のみとハンマーを使って「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」と刻まれた原爆慰霊碑の碑文の「過ちは」の部分を削り取るなどして壊した。”


この事件、ひとりの極めて非常識な若者が起こした行為には違いないのだが、被爆国日本においてさえ”核”に対する恐怖感が時と共にどんどん薄れて来ているのも確かなのだろうと思う。この碑文の「過ち」は、もちろん人が人に対して核兵器を使用するという「過ち」を意味したものだ。人類がこんな馬鹿げたことを2度と繰りかえすことのないよう我々は行動していきますから、という碑文の決意表明を、平和に甘んじて忘れてしまわずに居たい。
by k_g_zamuza | 2005-10-26 14:09 | SF的生活


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